Time Killers―Impossible―

Impossible

――見えない衝撃が私を吹き飛ばした。

「ぐっ……かはっ――」

 コンクリートの床で何度かバウンドし、壁にぶつかってようやく止まる。

 強打した左半身は痛覚が麻痺していて、全体が痺れるような感覚だったが、骨が何本かイッているのはわかる。

 立体駐車場と言っても深夜では車も少なく、あちらとこちらの距離は一目瞭然だ。

 不意に体全体に圧力がかる。ギチギチと絞め上げられながら私の体は宙へ浮き、

 相手が掌を握り締めると同時、私は圧死した。

 

「すみません……取り逃がしました…………」

「もういい。わかったから喋るな」

 全てが後手に回っていた。予見されていた筈の事件、腕利きの能力者。そして、それを上回る敵。

「何とかっ、敵の能力と……特定っ」

「おいっ、斗貴絵!じっとしていろ!!

 全身に重度の火傷を負った斗貴絵は、仲間の手を握り訴える。

 その時、通信を終えた班長がこちらを向いた。

「志穂も逃げられたそうだ。が、相手の能力は発火能力では無かったらしい。志穂の能力に近い――いや、志穂と同じ能力を使用したらしい。その後、空間跳躍で逃げられたそうだ」

 それじゃあ、相手は……

 斗貴絵はその話を聞き確信を持ったらしい。こちらの手を強く握った。

「相手は、こっちの能力を奪うの……私も、能力が使えなくなって――」

 本当にそんな能力があるというのか。

「龍侍が確認したが、近くに桜子……追跡班のテレポーターが居たらしい。これで確定だな。不意を突かれたとはいうものの、上手くやられたな」

 これでも四人狩られたそれも、全員がランクA以上の能力者。この相手は能力が強ければ強い程、稀ならば稀な程強敵になる。

「成る程、厄介な相手だ」

班長は担架で運ばれて行く斗貴絵に目を向け、誰ともなく呟いた。

 

 仲間が目の前で死ぬのを見た事がない訳ではない。むしろ人より多く目にしている。

 だが、だからといって慣れる訳ではない。

全方位から潰される人体。圧力によって周囲に血肉が飛び散る事も無く、肉片の塊となった。

右手を伸ばす。相手を握り潰すイメージを脳内に浮かべる。しかし、それは同じく圧力によって阻まれ、そして次の瞬間、敵は消える。イメージは宙に霧散した。

残るは、自分と肉片。

後悔は幾度となく行ってきた。そして、そんな自分の不甲斐無さに絶望する事も。

次は、次こそは全力で殺す。確保だのそんな生易しい事は言っていられない。命令なんか関係無く、持てる全てを駆使して殺してやる。

仲間を目の前で殺されてまで冷静でいられる俺じゃない。あの時、光理を守れなかったのは、紛れも無く俺の責任だ。だから、責任持って、俺はアイツを殺す。

 

『かなた、紗那。配置についたか?』

 班長は今回、自分がバックアップに回るしかない事に歯噛みしていた。班員が殺られたのにも関わらず、自分が先陣に立てないのが悔しいらしい。

『今回はお前達が頼りだ。頼んだぞ』

 雨によって視界がかなり悪い。湾岸からギガフロートへと伸びるブリッヂの入口に立つ。この先に奴が居る。

 今までの情報から、奴は能力を奪う。殺した相手の能力を自分の物とし、一定範囲内の相手の能力も。

 前者の場合は上書き式、後者の場合は途中で能力を使わなくなった事から、おそらく回数制になっていると推測される。

 桜子に能力が戻ってくればその推測は確定だ。

 つまり、一対一で相手は必勝。多対一でもその中に強力な能力者がいればこちらが不利になる。嗚呼、本当に厄介だ。

 だから、相手をするのは超能力以外の異能を持つ者。あるいは、能力範囲外からの超長距離射撃。

『真砂が先行している。お前達は真砂の後、……何?』

 班長の声が固まる。

「どうかしたのか」

『龍侍が独断で先行したらしい。真砂、お前は退け。チッ――余計な事を』

 

 目の前の敵を睨み、両腕に力を込める。頭の中は、視界が赤く見えるほどで、まるで神経が焼き切れそうになるまでにスパークでもしているよう。

「こりずに来た、か」

「黙れよ」

 目の前の女は、自分が優位に立っている事を疑っていない。その証に、逃走するでもなく獲物を前に笑っている。

「残り回数が切れてしまってね。テレポート出来ずに困っていたんだ。君の能力は確か――」

「黙れってんだよ!!

 拳を女へ向けて打ち出す。同時、不可視の衝撃が放たれた。

が、それは同じく見えない壁に阻まれた。

「へえ、サイコキネシスの亜種かい?」

「テメェがッ、光理の能力を使ってんじゃねェよッ!!

 再び、拳を放つ。再度放たれるその力の名は‘見えざる腕’。名の通り、見えない巨人の拳が相手に奔る。が、再び壁状に展開された念動力が、拳を遮る。

「その力はなぁ、光理がっ、誰かを救うために振るうもんだ!お前が、人殺しの為に使うもんじゃねぇ!」

 昔、光理が言っていたんだ。この力を、誰かを救うために生かしたいと。そのために、女ながら災害救助隊になる為に勉強していると。

 そんな願いが込められた力を、

「お前が、汚してんじゃねえーーーーーーー!」

 左手を伸ばし、相手の首を絞めるイメージ。

 相手は目を見張っただろう。サイコキノの壁をすり抜けて見えない手が相手の首に食い込んでいるのだから。

‘触れざる腕’。何人も触れる事が出来ない魔術定理の力。

「かっ……はァ――」

苦し紛れの反撃が来る。だが、酸素欠乏状態では能力も上手く行使する事が出来ないだろう。焦点の定まらない念動力は、見当違いの方角に放たれ、その周囲を崩落させるだけに終わった。このまま、縊り殺して――

決死の覚悟か、それとも悪あがきか。今度は先ほどよりも規模の大きい念動が放たれる。それを‘見えざる腕’で受け止める。弾けた力は周囲の壁や床を崩すだけに終わり、

「え―――」

 一瞬の無重力。それに続く浮遊感。やがてそれは落下というベクトルに変わる。弾けた念動力は床部分を破砕していた。上方向からのサイコキノの圧力と共に、俺は橋の基部を抜けて、暗い海へと落下していった。

 

「龍侍が帰り討ちにされた」

 観測班からの通信が入ると同時、その場にいる全員からため息が零れた。

「いや、惜しい所までは行ってたさ。でも、ね……?」

『そどのつまり、ツメが甘かったのだろう』

 折角のフォローを班長がばっさりと切ると、観測員は無言になった。返事が無いという事は、おおむね正解なんだろうさ。

「まぁ、これで相手は念動系の能力だけと判明したから、やり易いと言えばやり易いな」

 問題は無い。相手が逃げられなくなったという事がわかれば充分だ。

『真砂は龍侍を拾いに行ってくれ。念動相手だと少々厄介だろう。紗那が先行しろ。かなたは待機だ。相手がブリッヂから出た瞬間狙撃しろ』

 さあ、始めようか――と、私は自分に流れる異能の血を意識する。

 

 橋の上は相変わらず視界が悪く、豪雨は嵐の予感を告げていた。しかし、それでも相手の姿は私に視えている。

 白のワンピースの女は破砕された床から浮かび上がり、そのまま宙にたゆたうっていたので、そりゃあ嫌でも見える。

「また新手……さっきの彼の仇討ち?」

 女はクスクスと笑う。嗚呼、なんて滑稽なんだ。

「お前も、龍侍の事も、本当はどうだっていいんだ。だがな、仲間を殺されて黙っているほど、私は薄情じゃないからな」

 走る。雪駄の音を高く響かせ、着物の裾を翻しながら。

「疾――」

 念動。空間が押し潰される圧力をサイドステップで躱す。見てから避けるのではなく、相手の視線と発動のタイムラグを見越してあらかじめ動く。

 サイドステップの流れから、一気に加速する。女の側面から回り込む、円の軌道。

 広範囲を押し潰さない限り、相手の念動はそうそう当たらない。

「ええい、ちょこまかと――!」

 女はこちらに振り向きざまに念動を放つ。今度の念動は広範囲に渡り、こちらを遮る壁のように展開されている。が、

 女は即座に反応した。こちらではなく、自分の背後にも念動力を展開する。それにより超長距離からの狙撃が防がれた。

 元より、かなたに当てる気は無かったものの、それでも看破されたのは痛い。

 女は狙撃を警戒したのか、足元を砕き派氏の中へと逃走するのを見て、その後を追う。

「かなた、入口を見張っていてくれ」

『了解』

 わざわざ出戻るとは、相手もかなり追いつめられているな。何せ、能力簒奪の出来ない相手との連戦だ。アイツの能力はエースキラーではあるが、それは超能力者相手の時に限る。

 橋内で女と対峙する。

「光理の能力、返してもらうぞ」

「どうして、どうして奪えないのよ!?

 走る。己の中に流れる血を意識し、高速で流すイメージ。

「潰れろっ!!

 避ける。否、避けきれない。あまりに巨大な念動は、その範囲から逃れる事は容易ではない。多人数を相手にするのにも有効な手段だ。もちろん、素早い相手の行動を制限するのにも。

 ――ベギリ、と何かが歪む音がした。続いて、脳内に走る痛覚という電気信号。左足が熱い。左足がやられたか。

 ガクリと態勢が崩れる。が、左手を地に着いて体を縦に回す。そうして態勢を立て直し、残った右足で地を蹴る。

 今度は、前から押しつぶすような念動。それを、体ごと右に回り、起動から逸れる。そこで三肢を地に着き、また走る。

「何で、何で当たらないのよ!?

「カタチがあるから、お前の――光理の能力は見え易いんだよ」

 本来見えない筈のチカラが、くっきりと目に映っている。

 元よりカタチのあるもの。それは常人に見えなくとも、存在しているのであれば私には見える。

 それは、曰く『魂』。モノにだって命はある。万物存在するものはいずれ滅びる、つまり、死ぬ。ならばその物とて生きていると言えるだろう。

 生きているのならば魂は存在する。――その魂を殺すのが、私だ。

 ゆらゆらと揺れる命の灯火。今は視る事しか出来ないが、コイツにはそれだけで十分だ。

「確かに、お前が他人の能力を奪えるのは凄い事なんだろうさ。でもな、お前は奪うだけだ。持ち主にはなれても使い手にはなれないんだよ」

 左足から流れる血から、ナイフを形成する。

なんて皮肉。私の忌む呪われた血は、同時に私の唯一の武器だなんて。

「何で…………」

 奴さんはこちらの能力を奪うつもりなのだろうが、そうは問屋が卸さない。

「悪いな。生憎とコレは、超能力じゃなくて呪いだからなっ」

 潰れた左足を血で覆い、即席の義足を形成し、更に加速する。そして、

 一閃。見えない壁を切り裂き、奴を押し倒して首筋に血のナイフを突き付ける。

「確かに、真っ当な能力者が相手だったら最強だったな」

「呪い、か。これは一本取られたね。――で、殺すのかい?」

 カハッ――、と嗤った相手は、投げやりに言った。

「いや、お前には洗いざらい吐いてもらう」

 そう言い切ると同時、相手の血液を操作して意識を失わせる。

「目標、確保した」

『御苦労。身柄を移送班に回したら戻って来い』

「龍侍は…………まぁ、大丈夫か」

『ああ、無傷だ。真砂が行くまでも無く自力で岸まで来た』

 そう呟く班長の声には嘆息が混じっていた。

『まぁ、気持ちはわからんでもないさ』

 かなたのフォローに、真砂と龍侍が割り込んで来た。真砂は随分とお怒りのようだ。

『こっちは何の為に行ったんだか。もう、下着までびしょびしょよ』

『そりゃあこっちも一緒だ』

 龍侍がぼやくが、それは自業自得だろう。

『まぁ、全員無事なんだから良しとしよう。龍侍だったからこそ助かった訳だしな』

 かなたの言葉に同意する。前回の襲撃に比べれば被害は少ない方だおる。が、それでもこちらが痛手を負ったのには変わりない。

『全員撤収。だが龍侍はこの後も残ってもらうぞ、この駄犬が』

『面目ないです……』

 今回はこれで終わりだ。一息ついて、私は左足を引きずりながら出口へと向かう。この程度なら、そのうち治るだろう。それが、私にかけられた呪いなのだから。

 私回線に切り替わったインカムから聞こえる声は、私の日常。この日常こそが、私の求めた場所だ。呪いであれ何であれ、この日常が守れるのならば、私は躊躇わずに行使しよう。

『犬。お前は戻ったら始末書だ。命令無視、独断先行、能力の無許可での行使。何よりお前はいつもツメが甘い』

『はい……』

『に、してもさ姉貴。精神感応者、予知能力者、感覚増幅者に念動力者。斗貴絵も重傷だし。全員がランクAのが殺られるなんて、出来すぎじゃねぇか?まるで、こっちの、』

『かなた。そこから先は言うな』

 班長の声は、氷のように冷たかった。その一言が、内通者の存在物語っていた。傍受の可能性がある以上、通信で語るべきじゃない。

「この事は他言無用だ。安易に他人を信じるな。信じるのならそれに値する何かを得てからにしておけ。わかったな?」

 冷淡な声色ではあったが、逆にそれは仲間も結束を固めろ、とも聞こえた。

 

「馬鹿だよ、お前は」

 静止した海の上、秩序が改変された空間で、目の前の旧友に言い放つ。

「いきなりそれ?昔は優しい奴だと認識していたのだけどと思ったんですが?」

「お前は相変わらず日本語おかしいな」

 秩序の担い手。数多の概念保有する女に、不死身の男は向き合う。

「キミにはわからないのですよと。私達の気持ちが」

「能力者による決起、ねぇ。本当、自分らが悲劇の主人公みらいに気取って、やってる事は人殺しじゃねぇか莫迦莫迦しい」

「キミは学園で何があったかわかってないですと思いますです。いえ、わかっていて諦めているんでしょうねと思うと考えます」

「お前と同じ事を考えて、そして失敗した奴を知ってる」

「夏月君も知っているでしょう。人を人とも思わぬ悪魔の実験を」

「だからって、人殺しかよ」

「科学の名の下に人を弄って許されるの?」

「人の話を聞け」

「今ある現実を見なさい」

 話が噛み合っているようで噛み合っていない。それもそうだ、コイツは自分の世界に生きていて、自分の秩序に従っていて、滅多にこっちの世界に来る事が無い。固有概念を使用している間は。

「人は力を受け入れて、でも力を恐れて、正しく認識して、正しく使ってこそ、本当の敵に立ち向かえる」

「やめとけ。時間が必要だ。少しずつ変えていかなきゃ人間は変化を受け入れられない」

「魔女達はもう動いている。人間同士争う時間はもう無いの」

 海が、動き出した。雨風は暴風と化して絶え間無く吹き荒び、飛沫を上げる白波はもはや津波と同義だ。

「夏月龍侍、あなたは必ずこちら側へと来る」

「神崎巴、お前は必ず失敗する」

 旧友に別れを告げ合う。俺は‘見えざる腕’を岸まで伸ばし、向こうは浪間へと消えた。

 最早、止める事は出来ない。

「魔女……ね。懐かしいな――」

 神崎は俺が昔向こう側の陣営に居たと知ったら、どう思うのだろう。やっぱり、殺しにくるのだろうか。

 思考は無意味。こちらの常識は神崎に通じないのだから。

 また、友人を失った。誰かを守る力は、いつしか誰かを殺す力になってしまった。

 嗚呼、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺の腕では、何も掴めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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